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「知識創造企業」

ナレッジマネジメントのプロジェクトに携わるにあたり、古典的名著と言われている野中先生の著作を読んだのでピックアップしてメモした。

知識創造企業

知識創造企業

知識とは

  • 我々の理論の説明に入る前に、まず情報と知識の相違と類似について論じる。ここでは、三つのことが明らかになる。
    • 第一に、知識は情報と違って、「信念」や「コミットメント」に密接にかかわり、ある特定の立場、見方、あるいは意図を反映している。
    • 第二に、知識は情報と違って、目的を持った「行為」にかかわっている。知識は、つねにある目的のために存在するのである。
    • 第三に、知識と情報の類似点は、両方とも特定の文脈やある関係においてのみ「意味」を持つことである。  
  • 我々の組織的知識創造理論では、プラトン以来の西洋哲学の伝統に従って、知識を「正当化された真なる信念(justified true belief)」と定義する。
    • 西洋認識論では、「真実性」が知識の最も重要な特性であるのに対して、我々は「正当化された信念」という側面を強調する。

知識創造の2つの次元

  • 厳密にいえば、知識を創造するのは個人だけである。組織は個人を抜きにして知識を創り出すことはできない。
  • 組織の役割は、 創造性豊か な個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである。したがって、組織的知識創造は、個人によって創り出される知識を 組織的に 増幅し、組織の知識ネットワークに 結晶化 するプロセスと理解すべきである。
    • マイケル・ポランニーの「暗黙知」と「形式知」の区別に準拠している。
      • 暗黙知は、特定状況に関する個人的な知識であり、形式化したり他人に伝えたりするのが難しい。一方、明示的な知すなわち「形式知」は、形式的・論理的言語によって伝達できる知識である。
      • ポランニーの議論は、知覚が全体的パターン(ゲシュタルト)にどう組み込まれるかによって決定されるというゲシュタルト心理学の主張と対応しているかもしれない。ポランニーは人間が経験を積極的に組織化することで知識を創っていくと考えた。要するに、言葉や数字で表現できる知識は、知識全体の氷山の一角にすぎない。
      • ポランニーが言うように、「我々は語れる以上のことを知っている (we can know more than we can tell)」]

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暗黙知の次元 (ちくま学芸文庫)

暗黙知の次元 (ちくま学芸文庫)

  • 日本企業の知識創造の特徴は、せんじつめれば、 暗黙知から形式知への変換にある。
  • ある個人のきわめて主観的な洞察や勘は、形式知に変換して社内の人たちと共有しないかぎり、会社にとっては価値がないに等しい。
  • 日本企業は、とくに製品開発でのこの暗黙知から形式知への変換が得意なのである。

知識変換の4つのモード (SECIモデル)

4つのモード

  1. 個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する「共同化」
  2. 暗黙知から形式知を創造する「表出化」
  3. 個別の形式知から体系的な形式知を創造する「連結化」
  4. 形式知から暗黙知を創造する「内面化」である

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知識スパイラル
  • まず共同化は、相互作用の「場」 を作ることから始まる。この場は、メンバーが経験やメンタル・モデルを共有するのを促進する。
  • 次に、表出化は有意義な「対話すなわち共同思考」によってひき起こされる。その対話において、適当なメタファーやアナロジーがそれ以外のやり方では伝えにくい暗黙知を明らかにするために使われる。
  • そして、連結化は、新しい知識と組織の他の部署にすでに存在する知識を結合することによってひき起こされ、新しい製品、サービス、経営システムなどに結実する。
  • 最後に、それらを使ってみる「 行動による学習」が内面化の引き金となる。

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  • 組織は知識をそれ自体で創ることはできない。個人の暗黙知が、組織的知識創造の基盤なのである。組織は、個人レベルで創られ蓄積される暗黙知を動員しなければならい。
  • その動員された暗黙知が、四つの知識変換モードをつうじて「組織的に」増幅され、より高い存在レベル[グループや組織]で形にされるのである。我々はこれを「知識スパイラル」と呼ぶ。
  • 存在レベルが上昇するにつれて、暗黙知と形式知の相互作用がより大きなスケールで起こるのである。このように、組織的知識創造は個人レベルから始まり、メンバー間の相互作用が、課、部、事業部門、そして組織という共同体の枠を超えて上昇・拡大していくスパイラル・プロセスなのである

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組織的知識創造を促進する要件

  • 知識創造組織の自律的な個人やグループは、より高い組織レベルの意図に表明された究極的目標を追求するための自己の任務範囲を自主的に設定する。
  • 企業の中で個人が自律的に行動できるような状況を創り出すための強力な手段の一つは、自己組織化(セルフ・オーガナイジング)チームである
ラグビーアプローチ
  • ホンダのチーム・リーダーであった渡辺洋男は、次のように言っている。
    • 我々の仕事はリレー競争のように「おれの仕事はここからで、おまえのはそこからだ」というようなものではないということでした。全員が初めから終わりまで走らなければならないのです。ラグビーのように一緒に走り、ボールを右へ左へパスしながら、一団となってゴールに到達しなければならないのです」
    • 図3-7のタイプCが、そのラグビーアプローチを示している。スクラム。
      • 富士ゼロックスで「刺身システム」と呼ばれている(Imai, Nonaka, and Takeuchi, 1985, p.351)
    • しかし、ラグビースタイルにも欠点はある。このアプローチは、所属部門の異なる人びとが同じ時空間を共有しながら問題を解決するプロセスであり、一致団結の維持を過度に重視しがちである。言い換えれば、手っ取り早く合意できるところで全員が妥協してしまう危険性がある。

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知識創造のためのマネジメントプロセス

トップダウンとボトムアップ
  • トップダウン・モデルは形式知を扱うのに向いているが、知識創造をトップがコントロールするこのモデルは、組織の第一線での暗黙知の成長を無視している。
  • 一方、ボトムアップ・モデルは暗黙知の処理が得意である。しかし、まさにその自律性重視が、暗黙知を組織全体に広めて共有することをきわめて難しくしている。
  • 別の言い方をすれば、どちらの経営プロセスも知識変換がうまいとはいえないのである。
    • トップダウン・モデルは、連結化(形式知から形式知へ)と内面化(形式知から暗黙知へ)に絞った部分的な知識変換を行う。
    • 同様に、ボトムアップ・モデルは、共同化(暗黙知から暗黙知へ)と表出化(暗黙知から形式知へ)に絞った部分的な知識変換を行う
  • 知識がもっぱら個人の心の中で創られ、他人との相互作用をつうじて増幅あるいは精練されないということは、もう一つ別の問題をひき起こす。
    • トップダウン・モデルの場合には、数人のトップ・マネジャーの運命が会社の運命になってしまう危険性がある。
    • ボトムアップ・モデルの場合には、個人の優位性と自律性のために、知識創造に大変な時間がかかる。知識創造のペースは、特定の個人の忍耐と才能しだいなのである
  • これら二つのモデルに共通したもう一つ目につく大きな弱点は、ミドル・マネジャーが正しく理解されていないことである。
ミドル・アップダウン・マネジメント
  • 第一線社員は、ある特定の技術、製品、市場についての細かい日常的なことに浸りきっている。彼らほど会社のビジネスの実情に精通している者はいない。彼らはきわめて詳細な情報の洪水に圧倒されているが、それらの情報を有用な知識に変えることは非常に難しい。
  • たとえ彼らが意味のあるアイデアやひらめきを考え出したとしても、その重要性を他人に伝えることの難しさが残っている。人びとは単に新しい知識を受け取るだけではない。自分自身の状況や ものの見方 に合うように積極的に解釈するのである。だから、何が意味があるかは状況やものの見方に合うように解釈するのである。
  • ミドル・アップダウン・モデルでは、トップはビジョンや夢を描くが、ミドルは第一線社員が理解でき実行に移せるようなもっと具体的なコンセプトを創り出す。ミドルは、トップが創りたいと願っているものと現実世界にあるものとの矛盾を解決しようと努力する。別の言葉でいえば、トップの役割は壮大な理論(grand theory)を創ることであり、ミドルは第一線社員の手を借りて自社で実際に検証できるような中範囲の理論(mid-range theory)を創ろうと努力するのである。


あとがきに書かれていた以下の文章が印象的であった。

コンピュータは知識創造の支援ツールにしか過ぎず、知を創造することができるのは人間だけだ、ということである。情報技術の発達によってコンピュータが音声や動画像を扱うようになり、「バーチャル会議」などで遠距離の人間同士が暗黙知を共有できる可能性が高まっているが、所詮それは人間同士の同じ時間・場所での直接的な 相互作用 を代替することにはならないだろう。
 
たとえどんなにその情報処理能力が優れていても、人間不在の情報システムが吐き出すものは、データや情報とは呼べても知識とは言えない。なぜなら、知識の背後には常に人間の「思い」がなければならないからである。あくまで人間を中心に、情報技術を知識創造の 道具 として使いこなさなければならない。

知識を「正当化された真なる信念(justified true belief)」と定義した意図が理解できた。
知識が生み出させるには、あくまで個人の主観的な洞察が組織で共有され、それが形式知となっていく創造プロセスで経るのだ。そこには事象を発見し、主張したり意思決定する個人の「思い」が必ず介在している。


知識創造企業

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