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「AIの遺電子」を読んで、人間らしさについて考える


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最近は「AIの遺電子」という漫画にハマっている。
読み始めたキッカケは深津さんのツイート。

面白すぎて1巻から6巻まで一気に読んだ。
まさに“近未来版ブラック・ジャック”のような作品である。
あらすじはこんな感じになっている。

舞台は人間とヒューマノイド、産業AI(ロボット)が存在する近未来……。この作品で描かれる“ヒューマノイド”とは人間の脳を忠実に真似したAI(人工知能)のことで、彼らは人間と同じような権利を持ち、人間と共に暮らしています。鉄で作られたいわゆるステレオタイプのロボットではなく、彼らの多くが代謝機能を備えたバイオボディを持ち、外見だけでは人間とほとんど見分けがつきません。新しい技術の導入や事故や年月に伴うボディの変更などで、人工知能専門医・須堂を訪ねるヒューマノイドたちをオムニバス形式で描いています。
https://entertainmentstation.jp/64661

作者の山田胡瓜さんは元ITmediaの記者ということもあり、世界観が細かく設定されている。

人間と同じレベルの知性・感情を持つ「ヒューマノイド」が人口の1割に達した世界が舞台だ。車の自動運転が当たり前になり、人間が運転すると保険適応外になる世界。

1話完結なので非常に読みやすく、哲学的な問いかけが各所に散りばめられている。

「記憶とは」
「人格とは」
「人間とは」

それぞれ一体何なのかを考えさせられる。

「人間らしさ」といえば、その対極にあるのは「機械的」であるという印象を受ける。
機械には出来ないことが人間らしさだ、という風に。
だがこれは、「近代的人間らしさ」だと思っている。


人間らしさの定義は、時代によって変化するのではないだろうか。


機械が発明される前はどうだったのだろうか?
それ以前は「獣的」であることが非人間的だったと聞いたことがある。
かつての人間性は論理性だったが、今は感性が人間性とされているようだ。

人間らしさという概念は、その時代の、人間の外にあるものの反対の概念で定義されているのではないだろうか。


今や、囲碁や将棋ではAIの方が人間より強い。
この作品でも度々登場するシーンだが、人間だけが持っていたクリエイティビティですらAIが生産できるようになれば、人間の存在意義とはいったい何だろう。
いずれAIが人間を支配する時代が来るのだろうか?人間がAIのために働く時代すら到来してしまうのだろうか?

人間が昔、学問の習得を目指したのは「奴隷状況」からの脱却のためであった。
学問を学ぶのは、まずその「常識」の誤りを見抜くためのものでもあった。
果たして人間がAIを奴隷にするのか、AIが人間を奴隷にするのか、どちらでもないのか。

コンピューターが人類を超える時のことは「技術的特異点」あるいは「2045年問題」と呼ばれている。
人類が生み出したテクノロジーが、人類のコントロールを超えて急激に進化し始めるポイントのことだ。
人間より賢くなった人工知能が引き起こす事態を予測 - ログミー

しかし、昨今のAlphaGoの進化を目の当たりにすると、それはもっと早く実現するのかもしれない。

果たして、次の時代の「人間らしさ」、とは一体何なのだろう?
この作品を読んでいるとそれが見えてくるかもしれない。

同じ作者の作品である「バイナリ畑でつかまえて」も面白い。
「AIの遺電子」舞台ほぼ遠くなく、今の時代から5年先くらいの「今」が舞台となっていて、SNSやドローン、セカイカメラのような馴染みのあるサービスやテクノロジーと人との関わりが描かれた作品である。

バイナリ畑でつかまえて

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